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MOVIE REVIEWS

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ファイト・クラブ
FIGHT CLUB
1999年 アメリカ
139分 ドラマ/アクション

監督:デヴィッド・フィンチャー
制作:アート・リンソン
    シーン・チャフィン
    ロス・グレイソン・ベル
原作:チャック・ポーラニック
脚本:ジム・ウールス
撮影:ジェフ・クローネンウェス
編集:ジェームズ・ヘイグッド
音楽:ザ・ダスト・ブラザーズ
 
出演:エドワード・ノートン
    ブラッド・ピット
    ヘレナ・ボナム=カーター
    ミート・ローフ・アディ
    ジャレッド・レト
    ザック・グルニエ
    ピーター・ラカンジェロ

STORY
保険会社に勤める主人公はヤング・エグゼクティブでありながら、
北欧家具の収集を趣味とする空虚な生活を送り、不眠症に悩んでいた。
医者の提案により、彼は様々な病気を抱える人々が集まる「支援の会」に通い始め、
そこで泣くことに快感を覚え不眠症は改善される。
しかし、同じように「支援の会」に通うマーラに出会い、彼女に嫌悪感を覚える。
ある日、彼が出張先から帰宅すると、アパートの自室が爆破されていた。
途方に暮れた彼は、なぜだか飛行機で知り合ったタイラーに電話をかけた・・・。


まず、ジャックは本当にジャックだろうか?
エンド・クレジットでのエドワード・ノートンの役名は、
“ナレーター”、つまり終始、一人称で語り続ける男。
この男は名前(本名)を名乗らないし、名前を呼ばれることもない。
もしかしたら、彼の名前こそタイラー・ダーデンかもしれない。
周囲の人は、ジャック(仮)をタイラーと同一視していたし、
そもそもタイラーの姿はジャックとして見えていたのだから。

この映画を、暴力映画って言う人や、
女には理解できないって言う人や、
ブラピ目当てで見てつまんないって言う女の子。
見たとおりにしか解釈できない人が見ても何も残らない。
現にアメリカでも日本でも不発だったらしいし。
わたしも初めて見たときは、
見終わって「・・・?」ってのが正直な感想。
それで、すぐにビデオ巻き戻して、もう一度最初から見直した。
またしても139分のめりこむ。
うーん、奥が深いなぁ。。。たぶんね。

鑑賞2回目以降は、笑える余裕が出てくる。
消費文明で物質主義的な世の中への皮肉がいっぱい。
退屈な仕事をして、高級マンションに住み、
北欧の高級家具を集めることを趣味としていたジャックは、
金銭的・物質的には満足していたが、
精神的には(本人も気づかぬ)渇望感を満たすことができない。
「お前は“物”に支配されている。
 俺たち消費者はライフ・スタイルに仕える奴隷だ。
 完璧を目指さずに、自然な生き方をしろ!」

この映画のオチは、まー“二重人格”なわけだけど、
ジャックが創り出した、ハンサムで、精力があり、賢く有能で、
人望とカリスマ性があり、物知りで、自信満々で、
何よりも自由な身であるタイラーの存在は、
いわゆる医学的な二重人格とはちょっと違うと思う。

二重人格の代名詞『ジキル博士とハイド氏』においては、
ジキルは、誰もが併せ持つ善悪二面のうちの、
内に秘めた悪の部分と折り合いをつけることができずにいた。
そこで、人間にもう1つの身体と顔を与える秘薬を自ら作り、
本来の自分=悪として切り離された人格がハイドである。
2つの人格は交代制で存在し、人格が変わるとその容貌も変わる。
(人格の善良さ・邪悪さが容貌にも表れるから。)

これに対し、ジャックとタイラーの関係は異なる。
ジャックにとって、理想像である人格がタイラーであり、
タイラーはジャックから切り離された人格ではなく、
別人格として具現化された存在である。
だから(周囲の人にはジャックしか見えないけど、2人には)、
ジャックとタイラーは同時に存在する。
タイラーの策略で家を爆破されたジャックは、
タイラーと一緒に行動するうちに次第に感化されていき、
やがて、2つの人格は近づいていく。

では、最後に残ったのはどちらの人格か?
それは、タイラー化されたジャックの人格。
もしくは、2つの人格が融合した別人格。
ジャックはタイラーを殺したのではなく、
取り入れて、真のタイラー・ダーデンになった。
「俺を信じろ、これからは全てがよくなる」って言う彼は、
それまでのジャックにはない表情を見せる。
ってか、拳銃で顎を打ち抜いても生きているタフさはすごい!

最後、2人がいるビルが爆破で崩れるかどうか、
解釈が分かれてるみたいだけど。
わたしは、最初は、あのビルは安全な見物用のビルだと思った。
ビールで祝杯をあげようとするタイラー軍団もいたしね。
でも、見直してみると、冒頭のそのビルのシーンで、
ジャックが解除しタイラーがつなぎ合わせた爆弾が、
ビルの地下で赤い数字の点滅で示す、あと02:45・・・
ジャックもタイラーも彼の軍団も、ゼロになる。
全てがタイラーのメイヘム計画のうち?

PG-12だっけ?
たしかに暴力シーンは多いし、血は飛び散ってるけど、
これは暴力肯定映画では決してなく、むしろ否定映画だと思う。
ファイト・クラブの面々が感じているのは、
人を殴る爽快感ではなく、殴られることによる生の実感。
死を身近に感じることによる生の歓び。
除け者にされたジャックがエンジェル・フェイスを、
八つ当たり的にボコボコに殴るシーンは不快だったでしょ。

所々に入れられたサブリミナル的な映像に、意味はあるのかな。
タイラーの映像は、彼の存在を示唆するためだとしても、
最後の、ほんの一瞬のポルノ映像に込められた意図は・・・
ってか、モザイク入ってて、初めは気づかなかったけど。
映画館の映写室でバイトしてたタイラーの悪戯?
ちょうどその、最後に画面が振動するビルのシーンは、
もう1つの画面が振動するシーンを思い出させる。
「お前らはこの世のクズだ」

意味深な台詞がいっぱいある。
それぞれが何かを示唆し、何かと繋がっているようで・・・
でもその何かがよくわかんないんだ。
タイラー語録きっと作れるよ。

「愛する者を傷つけ、傷つける者を愛する」

「働き蜂は大空へ飛び、女王蜂は彼らの奴隷」

「全てを失って真の自由を得る」

「僕はジャックの無駄な人生です」

「弱い人間は強い人間に寄りかかる」

「出会いのタイミングが悪かった」

全編を通して、混沌としている中で、
ジャックのモノローグで筋が通っている(ように感じられる)。
やっぱ、ノートンの演技と存在感は素晴らしい。
ブラピのキレっちゃってるキャラもすきだけど、
もう完璧喰われちゃってます、ノートンに。
パンツ姿で走り回るノートンには苦笑・・・
自分で自分を殴ってるシーンもね。一人芝居。

“物”に支配されない生活をできるものならしてみたい。
でも、きっと無理。“物”がなくならない限り。
テレビはなくてもいいけど、パソコンは欲しいし、
電気や冷蔵庫は必要だしなー。
せめて、携帯電話に囚われない生活を目指したいものです。

鑑賞方法:CATV/字幕/2002年以前
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PROFILE

yoko
♀/Aries/O type

自称映画好きによる、
超自己満足的な映画感想ブログ。

劇場よりも自宅でDVD派。
TVの吹替え映画も見るし、
海外ドラマも好き。

とりあえずいろんなジャンルを見てる。
見終わったあとに「考える」のが好き。
わたしなりの解釈や感性で、
思うままに感想を残してゆきます。

エントリー150本達成!
よーし、次は目指せ、200本!
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